1月4日。予定日を2週間後に控えていた私は、兄@とともに実家にお世話になるべく里帰り。
2人分+赤ちゃんの分の荷物の荷詰めは、ちょっとしたお引越しのよう。慌しく支度をし、実家に帰った。
着いたのは夜で、かなり疲れてお腹も張っていたし、荷解きや整理は翌日にすることにして床に着いた。
これから予定日までの2週間は、楽しい予定がてんこ盛り。
その頃プ〜だった妹と遊びまくろうと計画していた(笑)。
まずは手始めに、翌日は荷解きをしてからビデオカメラを買いに行き、帰りは妹と串揚屋に行く予定で楽しみにしてた。
がっっっっっ。そうは問屋がおろしてくれなかったのね(;^_^A アセアセ。

1月5日。目覚めると、下着におしるしが。しかも、なんか鈍痛が(-_-;)。
トイレに行ったら、なんか水が出てるしヽ(;▽;)ノアハハ、、、。
その時の私の気分は○| ̄|_ ガクーシ←こんな感じ(笑)。
取り合えず、朝の長ーい散歩に行っていた父母が帰宅するのを待ってから、
受診だけでもしてみようかという気持ちで病院に行った。
が、やっぱり水は羊水で高位破水しており、そのまま入院することになった・・・
荷解きもまだしてないのに・・・再度○| ̄|_ ガクーシ。
陣痛はまだまだ全然余裕だったから、妹に来てもらったりしながら普通に病室でお喋り。
妹が帰ってからも、正月の特番なんかを見て過ごした。
夕食。陣痛は15分間隔くらいできているけれど、まだまだ余裕。笑いながら夕食完食。
その後、19時半頃になりようやくナースコールを押してみたら、随分進んでいるという事で笑いながら陣痛室入室(爆)。
陣痛室に入る前にパパに電話しておいたので、仕事を早めに切り上げてくれたパパが駆けつけてくれたんだけど、
あいにく陣痛室にはご同志さんがすでに頑張っていてた。
同志の彼女には旦那さんがきてなかった。パパには入るのを遠慮してもらい、ロビーで待ってて貰う事になった。
陣痛室の同志は初産さん。もう随分前から頑張ってるらしく、かなり辛そう。
夜の当番の助産士さんも彼女につきっきりだったので、私は完全放置(笑)。
「○○さーん!(←私)。生まれそうになったら早目に叫んでね〜!でないと私、間に合わないからー!」
とカーテン越しの助産士さんに言われた。嘘のような本当の話(笑)。
陣痛は順調に進み、辛くなってきた。でも、兄@の時に比べたら余裕。
生まれる1時間くらい前まで、陣痛の合間にロビーまで自分で歩いていき、パパと談笑することもできるくらいだった。
子宮口がほぼ全開になったらしく、分娩室に移動する。結局、同志の彼女さんを追い越すとこになった(苦笑)。
さぁ生むぞと意気込むけれど、肝心の陣痛が弱くてなかなかうまくいきめない。なんだか兄@の時よりここは辛かった気がした。
兄@の時とはまるで対照的な、先生と、助産士さんと、私の3人だけの深夜のお産。
「いきみ方わかりませーーーん」なんて二人目らしからぬセリフを叫びつつ、しばらくいきんだ後に、元気な産声と共に兄A誕生。

日付が変わった1月6日。午前0時17分。体重2694g。身長47cm。

妊娠中性別を聞いていなかった私。すかさず「どっちですか!?」と聞いていた。
即座に「おチンチン、ついてるよー!^^」と助産士さん。
全く意識した事がなかったんだけれど、少なからず「(゜∇゜ ;)エッ!?そうなんだ・・・」と思ってしまった私。
無意識に女の子を期待していたのね(苦笑)。
お産自体は、一番軽くて、そしてじっくりと『産む』ということを味わえたと思う兄Aのお産だった。

兄@が赤ちゃん時代大変だったのに反して、とても大人しくて育てやすい子だった兄A。
兄@が反抗期で手がつけられなかった時も、いつも私の心を癒してくれる小さな恋人だった兄A。
兄@が入園後、内緒で2人きりで何度も行ったデートは凄く楽しかったよね。初めて育児を満喫していると思えた瞬間だった。
目に入れても痛くないと真剣に思ってしまうほど、可愛くて可愛くて仕方なかった。
そんなあなたも今日から7歳。今ではとても優しい、いいお兄ちゃんだね。
少し臆病で、恥ずかしがりや。反面、気まぐれで結構無謀(笑)。
2歳の時に1人で買物に出かけてしまって、母を慌てさせたツワモノだったよね(笑)。

兄弟の中で一番状況を見るのが上手で、気を使ってくれてるのがわかる。
いつもいつもそんなあなたに甘えて頼ってしまってごめんね。そしていつも真ん中に挟まれて我慢させてしまってごめん。
でも、ちゃんといつも見ているよ。時には我儘言ってみせてね。

兄A・・・7歳の誕生日おめでとう。そして、私をお母さんに選んできてくれて本当にありがとう。
7年前のあの時と同じように、いつまでもいつまでもずっと変わらない・・・大好きだよ♪